12月に入り、上海の風景は大きく変わった。9月の蒸し暑さは何処へやら、街には冷たい空気が吹き、木々の葉はほとんど落ちてしまっていた。華東師範大学のキャンパスも少し寂しげな雰囲気を漂わせていたが、それがかえって中国の冬の魅力を感じさせた。
期末テストに近づくにつれ、キャンパス内の雰囲気も変わりはじめたのを感じた。カフェや図書館には、いつも以上に人が溢れ、みんなが熱心に勉強していた。私も例外では無かった。12月中旬になると、授業が少しずつ終わりを迎え、いよいよ試験の準備に本腰を入れる期間だった。ノートにびっしりと書きこんだ中国の文法や単語を復習しながら、頭の中で何度も試験対策を繰り返していた。「ここに来たばかりの頃、こんな難しい文章は全然読めなかったのに...」ふと、感慨深くなり、私は一人微笑んだ。上海に来ておよそ4ヶ月、日々の挑戦がいつの間にか成長へとつながっていたのだった。
ただ勉強づけの毎日だった訳ではない。そうするわけにもいかない。上海という街には、まだ私が知らない魅力が無数に隠れているのだから。そして冬の街並みは、新しい発見をもたらしてくれる場所でもあった。友達と一緒に夜の街に繰り出すと、ネオンに照らされた外灘の壮大な風景が私たちを迎えてくれた。黄浦江を挟んで対岸にそびえ立つ摩天楼、その一つ一つが未来を感じさせ、同時にどこか安心感を与える。上海は、まるで両腕を広げて世界中の人々を包み込んでくれるような都市だ。
「この街って、何か特別なことができそうな気にさせる」と、韓国からの留学生が隣でポツリとつぶやいた。私も静かに頷いた。上海はそんな不思議な力を持っている街だった。
期末試験が終わると、上海から少し足を伸ばして蘇州に行くことに決めた。上海から電車でわずか1時間、そこに広がるのは古き良き中国の風情を残した街並みだった。蘇州は、静かな運河が縦横に張り巡らされ、庭園と共にその穏やかな風景を作り上げている。
「ここはまるで別世界だね」友達と一緒に石畳の道を歩きながら、私たちはその美しさに圧倒されていた。訪れた拙政園は、冬の冷たい空気の中、霧に包まれた池や木々が幻想的な雰囲気を醸し出していた。どこか時間が止まったかのような静寂の中で、私たちは日々の忙しさを忘れ、自然の美しさに心を癒されていた。
蘇州でのひとときは、まさに中国の古典的な美を肌で感じる体験だった。上海の近未来的な風景とは対照的に、蘇州の伝統的な風景が私たちを包み込み、過去と現在が織りなす中国の多様性を感じさせてくれた。
1月下旬、学期が終わると、私は家族の待つ吉林省へと向かった。上海から飛行機で長春まで3時間、さらに高鉄で2時間。窓の外は次第に雪深い風景へと変わり、やがて「ここで降りなさい」と家族からのメッセージが届いた。
バス停には、分厚い毛皮の帽子をかぶったおばあちゃんが立っていた。彼女は私の荷物を奪うように持ってくれた。おばあちゃんの家は、床暖房が効いた平屋で、壁には赤い「福」の字が逆さまに貼られていた。
「逆さまにすると『福が来る』っていう縁起なのよ」
おじいちゃんが、餃子を包みながら教えてくれた。
「今日は特別に『幸運の硬貨』を3つ入れておいた。誰が当たるかな?」
餃子の中に硬貨を入れる習慣は、中国の伝統的な風習の一つで、特に新年やお祝いの場でよく見られる。硬貨を見つけた人はその年、幸運が訪れると言われ、家族や友人との食事がより一層楽しいものになる。運を呼び込むだけでなく、みんなでワクワクしながら食べる楽しみも加わるのだ。
夜中0時、外で爆竹が鳴り響くなか、家族全員で「乾杯!」と叫んだ。
長期休みから戻った後、再び日常生活が始まったが、心の中には何かが変わった気がしていた。期末試験を終え、蘇州の静かな美しさに触れ、春節の喧騒を抜け出し、私はこの留学生活をより深く味わいたいと感じるようになった。冬が終わり、3月の上海は少しずつ暖かさを取り戻してきていた。街の木々には新芽が付き始め、キャンパスの学生たちの顔にも再び活気が戻ってきた。
今、私は華東師範大学の広々としたキャンパスを歩きながら、これまでの数ヶ月間の経験を振り返っていた。新しい友達、試験のプレッシャー、旅の発見。それら全てが、私を成長させてくれた。今日これまでの努力と喜び、そしてこれから待っている新しい冒険に胸を膨らませながら、私は未来に向けて一歩を踏み出していくのだった。
▲北外滩
▲苏州(蘇州) 古き良き街並み
▲旧正月に行ったハルビン マイナス30度