

漢字やひらがなで「福島」とGoogleで検索すると、福島の風景やグルメ、温泉などの情報が表示されます。しかし、ローマ字で「Fukushima」と検索すると、原発事故や東日本大震災など、まったく異なる内容が出てきます。たった言語を変えただけなのに、検索結果がこれほどまでに違うことに、私はとても驚きました。このとき初めて、「言語」は単なるコミュニケーションの道具ではなく、世界をどのように見るかという視点そのものなのだと気づきました。日本人にとって福島は、美しい景色やおいしい果物がある地方かもしれません。しかし、多くの海外メディアにとって「Fukushima」は、2011年の東日本大震災や福島第一原発事故の象徴になっています。
時がたつのは早く、あっという間に一学期が終わりました。原発事故は私の留学生活とは全く関係がありません。福島での留学生活はとても楽しく、たくさんの人と出会い、さまざまな「初めて」を経験しました。初めての留学、初めての海外での一人暮らし、初めて雪を見ました、そして初めての温泉。日本に来る前は、自分の日本語がうまく通じるかどうか不安でしたし、無意識のうちに失礼なことをしてしまわないか、現地の生活に慣れるかどうかも心配でした。しかし、日本人の学生も、ほかの国から来た留学生も、私が外国語で話すときにはいつも優しく聞いてくれる。授業以外にも、学校が主催するさまざまなイベントに参加しました。国際交流センターの活動でいろいろな場所を訪れました。飯坂温泉では祭りに参加し、温泉にも入りました。また、りんご狩りを体験したり、こけし作りをしたり、阿武隈洞や水族館にも行きました。
福島に留学できたことを本当に幸せに思っていますし、ここを選んだ自分の決断は間違っていなかったと感じています。以前と比べて日本語力が進歩しただけでなく、コンフォートゾーンを出たことで、自分自身も成長できたと思います。残りの半年間も、この留学生活を思いきり楽しみ、福島での毎日を大切に過ごしていきたいです。
如果用漢字或是平假名在google搜尋福島會出現福島的風景、福島的美食、福島的溫泉等,但是,如果用羅馬拼音搜尋Fukushima的話,則會出現完全不同的結果,核災、核電廠事故、東日本大震災,等等的新聞,僅僅是改變了語言,結果卻相差這麼多。這是我第一次意識到「語言」不只是溝通工具,更是一種觀看世界的方式。對日本人而言,福島或許是擁有優美景色還有美味水果的鄉下地方;對許多海外媒體來說,Fukushima卻成為2011年東日本大震災與福島第一核電廠事故的代名詞。
時光飛逝,一個學期已經過去了,核災與我的生活毫無關係。在福島留學的日子我過得很開心,我認識了很多人,也經歷了很多第一次,第一次留學,第一次在國外自己生活,第一次看到雪,第一次泡溫泉。來日本之前,我害怕自己的日文不夠好沒辦法溝通,害怕無意間冒犯他人,害怕自己沒辦法融入生活。但無論是日本學生,還是一起交換留學的外國學生,他們都會在我說外語的時候耐心的傾聽。除了上課之外,我也參加了由學校舉辦的活動,國際交流中心帶我們去了許多地方,我們到了飯坂溫泉參加了祭典,泡了溫泉;也摘了蘋果,做了こけし人偶;還去了阿武隈洞和水族館......。
我非常幸運能來福島留學,我也很慶幸自己當初選擇這裡,相較之前,我不僅語言方面有進步,踏出舒適圈後,也覺得自己也有所成長,希望剩下的半年,我也能盡情享受留學生活,享受福島。