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【アメリカ】一年間の留学を経て

【派遣先】サンフランシスコ州立大学  【留学期間】2018年1月~2019年1月
人間発達文化学類4年 猪狩 瑛

 

はじめに

 私は、2018年1月から2019年1月までの一年間を、アメリカのカリフォルニア州サンフランシスコで生活し、サンフランシスコ州立大学への交換留学生として勉学に励みました。前回のレポートに引き続き、今回は主に後期の様子について、また1年間の経験を総括して、未来の交換留学生へ伝えたいメッセージとして記していこうと思います。

▲有名なワインの産地であるNapa Valley

後期の授業

 前期の学習を振り返ってみると、慎重に授業を選びすぎていたせいか、専攻科目や英語の基礎的な授業ばかりで、なんとなく物足りなさを感じていました。そこで、後期は思い切って本来の専攻である教育学に立ち返り、現地の専攻である舞台芸術に関する科目は一つだけに絞りました。以下が、後期で受講した授業です。

(1)     アメリカでのバイリンガル教育の歴史と変遷

バイリンガル、すなわち母国語のほかに第二言語を用いる人たちのことを指します。移民の歴史が深く、今なお人種の多様性に富んでいるサンフランシスコならではの授業といえるかもしれません。バイリンガルの人々の歴史に始まり、現在の教育現場や行政、さらにはコミュニティでどのような方策がなされているのかを学びます。ちなみに、留学生は私のほかにもう一人しかいませんでした。

(2)     小学生までの児童への文学および言語教育

この授業では、様々な分野の絵本を読み、その裏にある教育的狙いや文化などを話し合い、子どもたちの言語力や視野を豊かにするために学校でどのように活用していくべきかを学びます。授業と並行して、小説を何冊か課せられるので、後期はずっと本を読んでいました。クラスには20人ほどの学生がいましたが、私以外全員現地の学生でした。

(3)     英語指導者のための言語分析

一言でいえば、英語の先生のための英文法の授業です。しかし、クラスにいる学生のほとんどが、大学院生や実際に教育関係で働いている人、そしてネイティブスピーカーでした。本来は、TESOLという英語指導者のための大学院で開かれているプログラムの一部でしたが、幸運にも私でも受講することができました。この授業が普通の英文法の授業と異なるのかというと、やはり「英語指導者のための」ということで、学習者の誤答を見てどの文法事項を理解していないのかを見極めることを焦点に、英語の文法そして発音に至るまで学習します。

(4)     舞台や映画での衣装デザイン

前期で基本的な舞台の裏方の学習そして活動を勉強したので、後期ではいよいよ実際に衣装をデザインする授業を受講しました。少人数のクラスで、舞台専攻のほかにアート、映画、ファッション専攻の学生もおり、ひとりひとり画力もさまざまでした。しかし、デザインの授業で重要なのは絵の得手不得手ではありません。あくまで、デザインの中にデザイナーの調査がきちんと反映されているか、ストーリーの内容やキャラクターの設定と合っているのか、それらを満たしていなければ、いくら上手な絵を描いても意味がありません。個人作業が多くなるので、じっくり自分の課題に没頭できて、良いリフレッシュの機会でした。

 

 シラバスを読み、せっかくだからという気持ちで、福島大学では受講できなさそうな授業を選びましたが、大きなミスを犯していたことに気づいていませんでした。それは、4科目中2つが3年生向け、そして残り2つがなんと最高学年の4年生向けの授業だったのです‼前期は、反対に新入生向けや専攻の入門の授業ばかりだったので、突然現地の学生のなかに飛び込んでいくことになりました。

 では、その4科目の中で最も厳しかったバイリンガル教育の授業についてお話ししたいと思います。このクラスは、ハイレベルだったほかの科目の中でも唯一、先生から受講するにあたってはっきり「やめた方がいい」と警告された授業でした。しかし、気づいてみたら履修取り消し期間は終了、さらには最低限の単位しか登録していなかったので、一つでも落とせば強制送還という厳しい状況にあり、しかたなくその授業をとることにしました。ただ、実際に授業が始まると、なぜ先生が忠告したのかがわかってきました。なぜなら、クラス内の学生ほぼ全員がバイリンガルで、実際にこれまでバイリンガル用のプログラムを学校で受けてきた人たちだったのです。

 さらには、先生は昨年まで大学院で教えていたせいか、予習文献の量がとても多く、毎週50~80ページ近くの資料を読まなければいけませんでした。あまりにも多すぎると思い、先生との面談の機会に減らしてもらえるようにお願いしても、「そんなこと言ってくるのはあなたしかいない」と一蹴。「そんなの、他の皆はバイリンガルなんだから当たり前じゃないかよ‼」という言葉が出かけましたが、忠告を聞かなかった立場上、言い訳の余地はありませんでした。その後、レポート課題を提出しても、「努力の跡が見られないし、何を言っているのかわからない。これでは成績もあげられない。」と、何度も落第し、書き直し続けていました。その結果、後期はほとんど勉強ばかりしている状態でした。

 そして迎えた学期末、その科目の最終課題は7分間のプレゼンテーションと7枚のレポート、どうせ先生から見放されているんだと半分やけになっていましたが、シラバスに載っている課題の必要事項をとことん確認してすべてを盛り込み、レポートは提出期限ぎりぎりまで粘って、最後にはネイティブスピーカーの友人に確認してもらっていました。そしてプレゼンテーション当日、聞いていた先生からのコメントは、「(クラスに向かって)この子は、クラスの中で唯一心配していた学生なの。私が警告しても受けるというし、課題は今まで何度もやり直していたし。だから、今回の発表についても心配していたんだけど、今日の発表を聞いて、私は彼女に拍手を送りたいです。」と言って、クラス中から拍手が返ってきました。その瞬間、気づいたら大粒の涙が目からあふれていたのを覚えています。

 もちろん、その他の科目も決して簡単なものではなかったので、バイリンガルの授業以外のためにも勉強しなくてはいけませんでした。その結果、帰国直前に公表された成績は4教科すべてがAランク(4科目中2つがA-、2つが最高点のAでした)だったのです。あまりにも信じられない成績だったので、興奮気味に家族や現地の友達に報告しました。ある友人に言われたのは、「僕はあんまり驚かなかったよ。だって、瑛はそれだけ頑張っていたんだから。」という言葉でした。その時に、どれだけ無謀だと始めに言われても、地道に続けていけば、きちんと自分を助けてくれるひとも、評価してくれるひともいることを実感しました。

 

一年間の留学を経て感じる"サンフランシスコにしてよかった"点

 一年間の留学生活を通して、自分の中の価値観や考え方に変化がいくつか生まれましたが、そのひとつが留学する前の動機と、現在サンフランシスコに留学して良かったと感じている点の変化です。

 留学にあたって私がサンフランシスコ州立大学を選んだ理由は、主に

(1)     児童期の教育学部があるから

(2)     多様な人々が生活している大都会で、自分の視野を広げたいから

でした。留学を終えてもこれらは大きな目的でしたが、留学前は「多様性」についてあまり明確なイメージを持っていませんでした。しかし、サンフランシスコでの生活を経て一番に感じるのはやはり、周囲の取り巻く人たちも含めた「多様な」文化が息づく街の印象でした。

 サンフランシスコは、人種そしてジェンダーも多様ですが、それに伴い街の様子や食文化も実にたくさんの種類があります。歴史的にも閉鎖的な、単一人種・文化国家である私たち日本人にとっては、なかなか想像しにくい環境かもしれません。街を散歩していて、一歩隣の地区に足を踏み入れただけで景色が一変します。たとえば、LGBTの人たちが交流しレインボーカラーに染まっているカストロ地区、中国移民たちの生活感があふれるアメリカ最大(らしい)の中華街、そして世界的有名IT企業の高層ビルが立ち並ぶ金融街、これらが数キロ間に隣接しているのです。

 同様に、街行く人々も実に様々です。英語教育を専攻していて、英語教師になりたいと考えていた私にとって、そのような環境下で英語の位置づけはとても興味深いものでした。なぜなら、日本のように「外国語」ではなく、「共通語」として英語が使われていたからです。すなわち、全員が母国語としているわけではなく、また共通した文化での価値観を全員が持っているわけではないので、明確な言葉に出すことが生きていくうえで重要になるのです。それが、一般的にアメリカ社会が「競争社会」や「実力社会」と言われる理由の一つかもしれません。私自身の経験を振り返ってみても、やはりその通りだと思います。言語が不十分であればあるほど、言葉を介在しないその人自身の実力・積極性だけが、それを補うことができます。

 その点では、アメリカは私たち日本人にとって対極の文化をもつ国であると言えるでしょう。例えば、私の友人がコミュニケーション方法の違いをこのように言っていました。「日本でのコミュニケーションはテニスのように、交互に主導権が移るけど、アメリカの場合はバスケットボール。ボールを取りにいかない限り、会話には参加できない。」まったくその通りで、アメリカの人たち(もしかしたら日本以外)はたとえ友人間でも数人集まれば、誰もかれも「私の話を聞いて‼」と言わんばかりに食い入ってきます。一方で、私たちの文化では、「聞き上手な人」・「場の空気が読める人」・「会話を円滑に進められる人」が言うなれば「コミュニケーション上手」とされている傾向がありますよね。では、それをアメリカで実行してみましょう。...おそらく、その時間一言も話せないでしょうし、誰かが気を利かしてターンを回してくれることもありません。私は実際に、周りの雰囲気に押されて話せなくなってしまう日本人の学生をたくさん見ました。それでも会話に参加するためにはそのようにするべきなのか、それは次章で言及したいと思います。

 根本的に私たちとは異なる文化や人種環境を持っているアメリカ合衆国での経験は、私の考え方を大きく変えました。一年間を振り返り、私はサンフランシスコ州立大学での留学をおすすめする以下の理由を提示しようと思います。

(1)     日本では味わえない多様性(人種、文化、ジェンダー、等)

(2)     様々な国からの留学生が多いため、コミュニティに参加しやすくたくさんの人に出会える

(3)     日系移民の歴史が深いため、日本食や日本製の生活用品も手に入りやすい

(4)     狭い街のなかにさまざまな地区が混在していて、街を散策しやすい

(5)     主要都市の一つなので、ブロードウェイや有名アーティストがツアーで訪れることが多い

 

 一方で短所を挙げれば、何よりも「物価がとてつもなく高い」ことです‼ニューヨークに並んで、アメリカでもっとも物価が高い街だそうです...。ですので、決して簡単な選択ではありませんが、交換留学で補助が受けられるからこそいける町だと思います。経済的に少し余裕があり、何より「広い世界を体験したい、いろんな人や異文化と出会いたい」という人には、ぜひおすすめしたい派遣先です。

 

The message for new-coming students to SFSU

Once you decided to study abroad, it's natural to feel like making the stay overseas successful. In this chapter, as the wrap of this report, I'd like to give some advices to everyone who is thinking to study overseas/ who already decided to go.

All I want you to remember is "Be curious, and follow your original goal. And never hesitate your choice." This message should be the most important thing what I gained so far. Each part represents three different lessons.

The "curiosity" contributes you to have motivation of your study and daily life. For most of you, this opportunity should be the first experience to stay almost alone in the out of your native country, and you'll be easy to get depressed during a couple of months in the beginning. Or, in the half of the program, you might get lazy with the study. However, of course, you must not ruin such a wonderful opportunity because you are a represent of Fukushima uni / Fukushima. You have a duty to do as an exchange student. Therefore, please never forget keep working on something. It might be travels, walking through the city, reading books, or jumping on the dance floor. Just be aware of your surroundings and seek something interesting. And you'll be able to keep your motivation fresh throughout your program.

The most difficult but important thing is "following the original goal". What you decided as the first one is so pure and honest that it is exactly what you were missing in Japan. Also, it will work as a kind of model to be an ideal student during your stay. Of course, there's no problem to adjust the goal depending on the situation. However, if you totally change the original goal, what would be the guideline to say "My stay was successful"? I encourage you to review your current situation constantly because the feedback definitely helps you to grow more and more.

The third part might be the simplest one. Honestly, I was not a brave or aggressive person at all, so I was used to hesitate whenever friends offered me to hangout. But I noticed that everything I would do in SF should happen to my life just once, so that's what a waste of time being alone. Also, I can say same thing for classes in school. Like I said in the beginning, most of my classes were categorized as upper division, which means these classes were for juniors and seniors. As a result, the opportunity of hangouts had been decreased in the last semester. But there's only one schedule that I tried not to skip, "the language exchange/ discussion meet-ups". These activities are not held on campus nor by teachers. I was simply invited by my roommate and joined there. After all, these activities mean a lot to me as the training of discussion and expanding my network of friends. Many chances are scattering everywhere especially in a big city like SF. It should be a great experience to challenge anything and meet many people. The more diverse your friends are, much bigger your world would be. Therefore, I'd like you to challenge anything and make your perspective and world bigger. At the same time, you must be careful with your choice at first, though.

 

Thank you for reading my report so far. I hope my experience would help you somehow, and please let me tell the very last words. Although you may dream something fun and fabulous about studying abroad, that's wrong. Anyone who makes the stay successful suffers from something. I believe everyone would feel like give up someday. But I promise that you can be much bigger and stronger after your program. Be patient, and you can do it!

Again, I appreciate all people who supported me for a year, my family, all staffs in the international study center, my friends and professors in the SFSU and my boyfriend who has been far away but stayed with me anytime. I hope the more students would acquire chances to study internationally.